【孤独の建築 Vol.7|TIJ(オランダ・鳥観察所)】

年始のオランダ。
あらゆるものが閉まっていた。店も、博物館も、案内所も。
そんな中で俺は、一人で海沿いの湿地帯を歩いていた。
目的地は、鳥の巣のような形をした観察所——TIJ。
本当にあるのか、不安だった。
標識もなければ、人の気配もない。
そもそも“鳥を観察する建築”というだけで、もう少し頼りなさそうだ。
地図を信じて、あてもなく歩く。
湿った土と、枯れた草と、濁った空の中を。

やがて、草むらの向こうにそれは現れた。
球体のような、でも完璧な球じゃない。
無数の短い木の部材を組み合わせてできた、巨大な鳥の巣。
まるでこの湿地に、でっかい鳥が巣を作って座っているようだった。
TIJ。
オランダ語で“潮”を意味するこの観察所は、
海鳥の保護区にこっそりと、でも堂々と存在していた。
近づいてみると、建築というより生き物に近い。
素材は木。
柱も、壁も、屋根もない。
ただひたすらに、短い部材をつなぎながら、全体が球体を形作っている。
どうやってこの形を保っているのか、正直分からなかった。

地面からどうやって立ち上がっているのかも謎だった。
杭?杭にしては見えない。浮いてるのか?いやまさか。
考えても答えは出ない。
だからただ、しばらくその場に立って、眺めていた。
中に入ると、思ったよりも静かだった。
いや、むしろ静かすぎた。
外では風が木々を鳴らしていたのに、
この構造体の中では音が消えていた。


柱はないのに、しっかり守られている感じがした。
すぐそばを鳥が飛んでいく。
でも、こちらの存在には気づいていないようだった。
本当に、鳥の巣に紛れ込んだ気分。

小さな窓のような開口から外を眺めると、
湿地の向こうに水辺が広がっていた。
水鳥たちが、何も気にせずに佇んでいる。
その姿を、こちらは巣の中から静かに見ている。
この構造、よくできている。
遮るものが少ないのに、ちゃんと視線がコントロールされている。
そしてどこからでも風が抜ける。
観察のための建築というより、
観察そのものが空間になっているようだった。


それにしても、鳥の巣から鳥を観察するなんて。
なんだか、少し笑えてくる。
鳥になったつもりで鳥を見て、
鳥は鳥で、たぶんこちらのことなんか気にも留めていない。
人間が勝手に作った“自然との距離の取り方”。
それが、こんなにも面白くて、美しいとは思わなかった。
帰り道、またあの湿地を歩く。
行きとは違って、道がほんの少しだけ短く感じた。
あの巣にいた時間が、
思っていた以上に、何かを和らげてくれたのかもしれない。
TIJ。
滑稽で、静かで、不思議な建築だった。
そして何より、「こんなものが存在していいんだ」と思わせてくれる建築だった。

TIJ(ティーアイジェイ)鳥観察所へのアクセスと施設情報
- 所在地:Scheelhoek, Haringvliet, near Hellevoetsluis, Netherlands
- 設計:RAU Architects + Ro&Ad Architecten(2019年)
- 構造・特徴:
- 地元産の木材を使った、球体を模した木造構造体
- 短い部材を繋ぎ合わせたトラス構成による「鳥の巣」型
- 鳥類の生態に配慮した開口と導線設計
🚶 アクセス方法(公共交通+徒歩)
- 最寄の町:Hellevoetsluis(ロッテルダムから車で約40分)
- 公共交通機関ではアクセスが難しいため、レンタカー・自転車・徒歩が基本
- 周囲に標識は少なく、Googleマップで「TIJ Vogelobservatorium」を目印にするのがおすすめ
💡 見学のポイント
- 自然保護区「Scheelhoek」に位置し、湿地・水辺・野鳥観察に最適
- 無料・無人で24時間アクセス可能(照明なし)
- 冬季は人が少なく、風と静寂の中で独特の体験ができる