【孤独の建築 Vol.11|Fuggerei(アウグスブルク)】

ドイツ、アウグスブルクの静かな住宅街の一角に、
まるで時間から切り取られたような街がある。
Fuggerei(フッゲライ)。
世界最古の社会住宅。1521年から今も現役で使われている。
門をくぐると、そこは別世界だった。
オレンジ色の壁に緑の扉、小さな中庭、石畳の路地。
こぢんまりとした住戸が、秩序よく並んでいる。
都市というより、村。
でも、そのどれもが「建築」であり「生活」だった。

観光施設だと思っていた。
見学用に整えられた空間だと、どこかで思っていた。
でも、窓辺には花があり、
ドアには表札と郵便受けがあり、
どこかの部屋からはテレビの音すら聞こえた。


今も人が暮らしている。
この空間の“静けさ”は、過去のものではなかった。
路地は狭い。
でも窮屈には感じない。
建物の高さはおおよそ2階建てで揃えられ、
通りに対して控えめなファサードを並べている。
軒の出も、開口部のリズムも、
整っているのに緊張感がない。
この「ゆるやかな統一感」が、Fuggereiの心地よさだった。
それぞれの住戸は、十字型の平面構成に近い中庭を囲うように配置され、
全体としてひとつの“町”のような構成になっている。
都市でありながら、閉じた集合体としての独立性も持っている。
素材は、ほぼすべてがレンガと漆喰。
色は統一されているが、ところどころ補修の痕跡が見える。
つまりこれは、保存されているだけではなく、「維持されている」建築だ。
住民は、現在でも年間わずか0.88ユーロの家賃で暮らしているという。
その代わり、日々の祈りと地域でのルールに従う生活。
建築と宗教、生活と共同体が、まだ結びついたまま存在していた。

ここでは、建築は「背景」ではない。
生活の枠組みそのものとして、静かに機能している。
歩いていると、目の前をゆっくりと買い物袋を下げた住人が横切った。
すれ違いざまに小さく挨拶を交わす。
この場所の空気は、観光地ではなく居住地の静けさだった。

Fuggereiは、500年続く集合住宅であり、
現代に生きる“都市の原型”のようでもあった。
ドイツの近代的な住宅団地とは違う、
人のスケールに寄り添った密度と、
時間の流れに抗わずに続いてきた街区。
建築を観に行ったつもりだった。
でも気づけば、建築の中で暮らすということそのものを、
じっくりと見せてもらっていたような気がする。

🔍 Fuggerei(フッゲライ)アクセス・見学情報
- 所在地:Jakoberstraße 26, 86152 Augsburg, Germany
- 創設年:1521年(ヤーコブ・フッガーによる)
- 特徴:世界最古の現役社会住宅。現在も150人以上の住人が暮らしている。
🚉 アクセス方法
- 最寄駅:アウグスブルク中央駅(Augsburg Hbf)から徒歩約15分
- 市電(トラム)1番線「Fuggerei」停留所からすぐ
⏰ 開館時間・入場料(2025年時点)
- 開館時間:9:00〜18:00(年中無休)
- 入場料:大人 €8(展示エリアとモデル住宅の見学を含む)
💡 見学のポイント
- 一部は観光客向けに公開されているが、ほとんどは実際に住民が暮らしている住宅
- 模型や復元された部屋で、当時の暮らしぶりも体験可能
- 敷地全体の都市構成、素材の経年変化、建築と生活の融合に注目